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「これまで」そして「これからの挑戦」


〜いずいのこれまでの人生〜

ここでは、いずいのこれまでの人生を簡単にお伝えします


両親は大阪市に住んでいましたが、僕が生まれてすぐに吹田に引っ越してきたようです。


僕が幼いころの吹田はまだまだ田んぼや畑がたくさんあり、カエルを捕まえて遊んでいました。
もちろん江坂周辺も今ではマンションが立ち並んでいますが、田んぼが多かった記憶があります。


僕の両親はずっと共働きで小学校3年生までは学童保育(ほしのこ)で一輪車やコマ回し、けん玉で遊び、5年生でサッカー部に入りました。サッカーは中学3年まで頑張りましたが、ず~っと補欠組。笑


市の大会では確か優勝2回ほどしていた記憶がありますので、周りが上手すぎたと言うことにしておきます・・・^.^;


中学時代は完全な思春期に突入!母親への反発はホルモンバランスが崩れたせい(・・・ごめんなさい・・・m(__)m)


ただ3年間、実は無欠席で通学しました!ちょっとした自慢です。


高校は公立高校に2年の途中まで行きましたが、我が家はもともと貧しいうえに、5人兄弟。僕は長男ですが、1つ下の弟は重度の知的障がいを患っています。
公立高校に通っている時も学校が終わるとそのままアルバイトを月~金までしていましたが、もっと働きたいとの思いから、週1日の通学とレポート提出の単位制高校に転校。
アルバイト先を変え通学の日以外はずっと朝から晩まで働く毎日。


当時は無料の携帯電話がでてきた時代で、その登録業務や発送業務を行っていました。
高校卒業後すぐ、その会社社長の、目標であった運送業務を拡大する為に東京進出することになり、正社員として東京へ。
2年間は毎日睡眠3時間程しかなかったですが、会社を大きくすると言う夢を持ち、大手運送会社には絶対負けない!と、がむしゃらに働いていました。
何しろ知名度なんか全くない運送屋。
しかも僕の担当地域は新宿・渋谷・港区など東京大都市のど真ん中、上司も総出で先輩もいなかったので、営業ノウハウなんて誰も教えてくれる人がいませんでしたが、毎日荷物を集配しながらの営業、時間が空いたら飛び込み営業と、社会の荒波に揉まれながらの日々を過ごしていました。
そんな中、勝手にライバル意識を持っていた大手運送会社(S急便)に興味が湧きはじめ、自身のスキルアップの為、転職を決意!大阪に戻り6年間S急便で働きましたが、そこで大手看板の力のすごさを実感しました。
あのシマシマの制服を着ているだけで、何の会社なんて説明の必要もなく、どこに行っても制服パス?で社長さんなど偉い方とすぐに交渉ができました。
世間ではきつ~い会社と、当時は言われていましたが、東京経験のおかげで体力的には全く楽ちんでした。
もちろん違う厳しさはありましたが・・・f(^ ^;

そして全国最優秀社員賞を頂くなど、休みも月9日もあったので趣味のアウトドアやスポーツ、映画鑑賞、海辺での読書など充実した毎日を過ごしていました。
そんな中、今の会社の社長から訪問介護事業のお誘いがあり、休日を利用しヘルパーの資格を取得。

そして、ついに平成21年福祉業界へ転職!と同時に地元消防団へのお誘いがあり入団!全く畑違いの業種ではありましたが、先述の通り1つ下の弟が障がい者と言うこともあり抵抗なく始めることができました。
しかし今の会社へ入社した当時は設立約2年しか経っていない会社、しかも初めての業界!またまた休みもない、寝れない日々が始まりました。 笑


朝から深夜3時位まで利用者さまの自宅に行きヘルパー業務。合間で必要書類の整理を行いながら制度の勉強。
家に帰って少し仮眠をとったらすぐ会社に行き事務作業を行う日々のなか少しずつ社員も増え、業務も落ち着いてきました。
今は優秀な社員さんたちが頑張ってくれています。もともと無かった江坂一丁目自治会も平成23年に立ち上がり、消防団での活動を通して地域との関わりの大切さを実感したことで、お祭りや運動会、文化祭などのお手伝いなど行っています。

冒頭でも紹介しましたが、両親がずっと共働きで5人の子供を育てるために殆ど休みもなく働いていたので、地域の催し物には参加する機会がなかった・・と言うか知らなかった僕にとってはとても新鮮な感じで楽しくさせていただいています。


こんな感じで平成26年現在33年間の人生を送ってきましたが、小学校からの親友を始め本当にたくさんの方と出会い、たくさんの方が今の僕を育ててくださいました。

平成25年4月に結婚、翌年4月には娘にも恵まれましたが、さらにいろんなことに挑戦すること。
そしてその為に勉強が必要だと思っています。と言うことで次はこれからの泉井をお伝えさせていただきたいと思います。
ちょっとでもこんないずいに興味をもっていただいた方は是非お読みいただきたいと思います。

ちなみに泉井(いずい)は母方が3姉妹と言うことで、なぜか僕が母方の性を継ぐことになり20歳の時に改名。もとは上田です。


〜これからのいずい(平成26年9月現在)〜

ここからは、これからの泉井、そして泉井の挑戦をちょっと真剣にお伝えします。

福祉 吹田の福祉について

先ずは吹田の福祉に関することからお話しします。福祉といってもいろいろありますが、泉井は現在、訪問介護事業所を営んでいます。簡単に言うとヘルパーが介助の必要な高齢者や障がい者(児)のご自宅に訪問し、必要な支援を行うお仕事です。実はその現場ではたくさんの課題や問題が山積みとなっているのが現状です。

一人の支援を行う為に、ケアマネジャーやデイサービス、訪問看護や福祉用具の方など、たくさんの支援者とお話しする機会がありますが、やはりそれぞれの業種で課題や問題を抱えています。
それは支援を受ける方だけではなく、その家族、ヘルパーなどの介護支援者にも共通します。国もいろいろと解決策を打ち出してはいるものの、次から次へと著しく法律の解釈や制度が変わるなど、もう現場は大混乱!
吹田は他の自治体より福祉に関しては確かに前向きに政策を進めてきましたが、最近は福祉バスの廃止をはじめ福祉予算削減に向けいろいろなガイドラインを設定しているように思えてなりません!

その為、本来支援を必要とする方が十分に福祉サービスを受けることができない、それが理由で家族が仕事に行けない、正社員として働けない。また、働く支援者への処遇が悪く、支援者不足が発生するなど、このままでは吹田の福祉は衰退してしまいます。

「じゃあどうしていけばこの現状をすこしでも改善することができるのか!?」それは自分で行動するしか無いと決意しました。

今まで知り合った多業種の支援者との繋がりをフルに活用し、専門的知識と現場感覚で判断していく事、そして少しでも改善できるよう市政に訴えかけていく事が最も効果的で筋の通ったやり方だと泉井は思います!!
専門的知識があり、現場を知っている泉井に是非確認させていただきたい、その役割を持たせてほしい、そうすることで福祉現場の諸問題を少しでも改善し、ズレかかっている吹田の福祉を良い方向へ導かせることが必ずできるはずです!

その為にも、市政を確認し、もっとたくさんの声を一つにして訴えていくことが何よりも大切です!
ですから福祉サービスを利用されている皆さん、福祉で働いている現場のみなさん、黙っているのはもうやめて、その声を泉井に届けてください!もっともっと吹田の福祉を泉井と一緒に良いものにしていきましょう!!

健康 健康長寿で生涯現役と言える街づくり

次にお伝えすることは、吹田でおなじみのとかしき なおみ衆議院議員がこの街を世界への発信地にしようと、全力で進めている政策とも直結することですが、今日本では超高齢社会に猛スピードで突入しています。
このまま行けばどうなるのでしょう?

日本には将来に希望が持てない若者と高齢者が溢れ、働く人がいなくなり、生産性が衰え、医療費などの社会保障費が容赦なく膨らみ、日本はいよいよダメになってしまう。
簡単に言うとそんな感じでしょうか。確かに今のままではそんな事になってしまうかもわかりません。
でも本当は誰もそんなことは望んでいないし、そのつもりもない。でもどうしたら良いのか解らない。ただそれだけのように泉井は思います。

実は私たちの街、吹田にはその一つの解決策となる糸口があり、
しかも今、世界が注目しているのです。
それは、この吹田にある国立循環器病研究センターです。一時は吹田から無くなってしまうのでは無いかと言う話もありましたが、とかしき なおみさんが先頭に立ち、全力で他市への移設を阻止。
そしてこの吹田から超高齢社会でも大丈夫という事を世界へ発信するために尽力し、進めてきました。

実は世界でまだ誰もしたことのない初めての挑戦!それは循環器の病が少ない街、吹田を創る。そして、その方法(システム)を、世界を相手にビジネスとして発信していこうと言う政策です。
その為に、とかしきさんは国から国際戦略特区を取り付けました。簡単に言えば吹田市役所に厚労省から人材を派遣してもらい、国を挙げて取り組もうと、岸辺駅前の国立循環器病研究センター移設をはじめ、たくさんの政策を進めています。
また元気な高齢者のみなさんをはじめ、障がいをお持ちの方々、子育て中のみなさんには各々の役割をもっていただく。
そしてしっかりその対価を稼いでいただきます。循環器の病にかからない、いつまでも元気な体で趣味や仕事にしっかり取り組める街をみなさんが中心になって創っていただきたい。
これからの日本、そして世界にはこのような街が必要です。
そんな街づくりの第一歩をこの吹田から始める為に泉井も参加します。そして、みなさんの力も必要です!

是非私たちと一緒に世界に誇れる健康長寿の街、吹田を創っていきましょう。

安心 誰もが安心して暮らせる街づくり

こんなことはもう、みんな言っている。確かにそうかも分かりません、だからこそとても大切で誰もが望んでいる事だと思います。
すなわち「安心して暮らせる街」は、すごく大きなくくりの中であって、何をどのように安心したいのか、それは人それぞれ違います。
また、その時その時によって求める安心も違うと思うんです。

「交通事情を良くしてほしい」「犯罪を無くしてほしい」「騒音を何とかしてほしい」「福祉を良くしてほしい」「教育を良くしてほしい」「子育てのしやすい環境を創ってほしい」例をあげればキリがないと思いますが、暮らしの中で「あっ!危ないな」「ここ危険だな」「こんな環境がほしい」など、思ったこと一つ一つをまとめていく事で、本当に少しずつにはなると思いますけど、いろんな「あぶない」を具体的かつ確実に改善できると泉井は思います。

何をどのように、どんなことで安心したいのかを、聞かせてほしいのです。
この吹田の街で何度も感じたり、思ったり、経験したちょっとした「危ない」「良くないところ」を泉井は改善していきたいのです。

だからこそ、みなさん一人一人の声が大切で、最も必要だと思います。
ただ、子供たちの笑顔と、あらゆる安全は徹底的に守らなければいけません!


地域 あかちゃんから高齢者まで世代を超えた地域コミュニティの創設

健康長寿で生涯現役の街づくりでお話ししましたが、元気な高齢者のみなさん(ちなみに元気な高齢者のみなさんとはマヒや認知症などのハンデがあっても、少しでも人と関わりたいと思う気持ちをもっている全ての方のことです)には地域の子供たちや若い世代のお母さんやお父さんたちに吹田の歴史を伝えていただく。

また将棋や囲碁、編み物などの手芸、料理など何か得意なことを主として取り組める空間を創り、そして誰もが参加しやすい環境を整備することで地域の子供たちや若い世代の人たちが自由に高齢者のみなさんから知恵や技術を自然と受けついでいける、また高齢者の方々はそういう形で若い世代の人達とふれあうことで何か生きがいを見出すこともできるはずです。

そういったことからも、そんな地域コミュニティが必要だと泉井は考えます。
なぜならインターネットの普及と共にソーシャルネットワークを利用して、多種多様な人たちとコミュニケーションをとれるようになりました。

それは本当に良いことだと思いますが、その一方では直接人とふれあい会話する、技術や知恵を直接伝授される機会が少なくなったように感じます。

表情や態度、話し方で、喜びや悲しさなど、相手の気持ちを直接肌で感じ、その時々に応じて対応する力、日本人の一番誇れる礼儀や気遣いの気持ちなどが少し薄れてきている様にも思えるからです。
だからこそ自然と先人の知恵や技術が身につく。

また、世代を超えてほめてもらえる、しかってもらえる環境がこれからも必要で、そんな環境こそ世界中の人々がうらやむ日本を創ってきたと泉井は思います。普段から地域の方と顔見知りになっていれば、万が一有事の際には自然とみんなが助け合う。
一人暮らしの高齢者や障がいをお持ちの方でも誰かが気づいてくれる。
もちろんそれだけでは無いと思いますが、泉井はそんな誰もが気軽に参加できる。
そして世代を超えてふれあえる地域コミュニティを創っていきたいと思います。


経済 地元企業の活性化を図り、さらに優良企業を積極的に誘致します

福祉現場のこと、街の安全のこと、地域コミュニティの創設などここまで泉井の取り組みたいことをお伝えしてきました。
もちろん喫緊に必要なことは同時進行しなければいけませんが、結局は何をするにもお金がかかります。
たとえ予算を捻出し立派な建物や制度を創っても、それをしっかり運営していかなければ継続させることはできません。
そこで泉井が思う事は地元の中小企業や個人商店にも元気になっていただき、雇用をうみ、設備投資を積極的にしていただくこと。と言うのは簡単ですが、企業にそうなっていただくには、その仕組みが必要だと考えます。
たとえば街をあげて地元企業の宣伝を行い、市民の皆さんには積極的に地元企業の商品やサービスを買っていただく。

そうすることで、街が活性化するだけでなく、日ごろから顔見知り、信頼できる関係をつくることができ、日本全国で問題になっている悪質な訪問販売などの抑止にもつながります。
中小企業や個人商店の弱点は十分に宣伝が出来ないところだと思います。
実は本当に良いものが吹田には沢山あります。

価格では大規模量販店には負けても人の温もりやサービスは全く負けていない電気屋さん。
百貨店と同じ質の物が安く買える八百屋さんや花屋さん。
親身になって同じ目線で考えてくれるリフォーム屋さん。
困ったときにすぐ来てくれる設備屋さん。
何でも気軽に相談できる車屋さん。
手作りでおいしいものが沢山ある居酒屋さん。
気軽に入れるオシャレでおいしい洋食屋さん。
本格的なイタリアン。
ミシュランが認めた天ぷら屋さんや割烹さん。

など例を上げるとキリがないのですが、泉井の知っているだけでもまだまだ沢山。また吹田には業界を代表するような企業もあります。そして、夢を持った人たちが吹田で起業し、その夢を追いかける。すなわち健康長寿で生涯現役の街づくりとも直結するのですが、世界が注目する街だからこそ、夢を実現できる可能性は限りなく秘められていると思います。

そうして元気な吹田を創ることができたなら、優良企業の誘致も胸をはってできるはず!一生懸命に頑張ることで街全体が活性化、強いまち吹田を創ることが必ず出来ると私は信じています。そして何より生涯現役で年齢に関係なく「志」をもって何事にも取り組んでもらえる街でありたいと考えます!

責任みなさんの声をしっかり受け止め必ず市政に届けます

福祉のことから始まり生涯現役の街づくり、誰もが安心して暮らせる街づくり、世代を超えた地域コミュニティ創設、吹田全体の活性化など泉井の取り組んでいきたいことをここまでお伝えしましたが、やはりそれは泉井一人ではやり遂げることが出来ません。
福祉、健康、安全、コミュニケーション、活性化の事で提案やアドバイスなど何でもいいので、その声を泉井に届けてください。

吹田で育った子供たちが、「やっぱり吹田やな。」他の地域から引っ越してきた方々が「あ~、吹田で良かったな」と、やっぱり吹田!吹田でよかった!!
そう誰もが思う街を創っていきたい!

そして街づくりには是非、皆さんにも参加してほしいのです。
みなさんの力が必要なのです。
もし泉井の想いに、ほんの少しでも賛同していただけるなら、どんな形でもいいので、泉井を応援してください!

みなさんの声をしっかり受け止め必ず市政に届けます!
吹田の市議会議員として、また大阪7選挙区の自民党議員団との繋ぎ役としてしっかり働きます!
もちろん必要なら会派を飛び越えて伝えさせていただきます!

追伸:地域などの事情で公に応援できない方からのご連絡もお待ちしています。もちろん個人情報はしっかり保護させていただきます!

 

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◆ 泉井ともひろ 略歴 ◆

昭和56年4月26日生まれ
(生まれてからずっと吹田で育ちました)


  • ・民間企業8年間勤務(営業)
  • ・その後、訪問介護事業所の所長として勤務
    (平成21年~福祉業界へ。民間企業勤務経験は計15年間)
  • ・介護福祉士
  • ・吹田市消防団豊津分団班長
  • ・江坂一丁目自治会副会長
  • ・自民党大阪第七選挙区支部青年部幹事
  • ・NPO Kid`sすいた 代表
  •  
  • ・全国若手議員の会役員
  •  
  • ・看護を考える地方議員の会(吹田市代表)
  • ・吹田市議会議員
    (平成27年統一地方選挙にて初当選)現在【健康福祉委員会(委員)/中核市移行に関する調査特別委員会(副委員長)/議会広報委員会(委員長)】所属
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